サイコロキャラメルトーク
行き詰ってはダイスを転がす毎日です。常に初陣。
よもや!
遅まきながら「ファイアボールチャーミング」にドはまりしました。

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★画像:Amazon figma ファイアボール チャーミング ドロッセルより

レンタル屋でたまたまジャケ借りした本作品。

家に帰ってからセカンドシーズンだったと気づいてげんなりしつつも、まーいっかと再生したとたん

「…なにこれ?」

「なにこれ!!」

「なにこれー♪♪♪」


2分間のサイバーショートコントっていうんですか?

OPとEDのジャジャーン!ってアレ、出囃子ですよね?

ドロッセルお嬢様とゲデヒトニス執事の噛み合わない漫才が

面白い…のか?(シュールで自信が持てない)

お嬢様のセリフ、「すわ!」(すわ、一大事…のアレ)を、ぜひどこかで使ってみたい(笑)

ドロッセルお嬢様のコスプレ回は、細部に渡ってどストライク過ぎてます。

超合金を買おうかなと思ったのですが、腰回りの強度が甘いと聞いたので、「占星ユニット」と「知覚ユニット」(ユニットという名のきせかえセット)が付いたfigmaの方が欲しくなりました。

埃だらけマントと自走書記レジナルドまで付いてるってどんだけ~!

でも、できれば高くなってもいいから「やぶさめユニット」と「野球ユニット」も欲しかった(笑)

私の中でこれまでそう高くなかったディズニー株が急上昇でございます。

でもきっとディズニー上層部ではイロモノ扱いなんだろうな(笑)

ところでこのロゴをパッと見て

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どうしても「チャーミングヘ」と読んでしまいます。

眼科で診てもらうべきですか?それより心療内科ですか?ああそうですか。

テーマ:TVアニメ - ジャンル:アニメ・コミック

乳腺症の痛み改善
乳腺症が老化現象なのだとは理解した。

しかし、この生理周期に関係なく起こっている慢性的な痛みは、どうにかして取りたい。

まずは婦人科の医師に相談してみることにしました。

処方されたのはボンゾール(ダナゾール)といホルモン治療薬です。診察室で見せてもらった説明書によると、子宮内膜症や乳腺症の治療薬と書いてあります。なるほど。

「まず2週間飲んでみて、症状(痛み)が緩和されるようであれば、また2週間分追加します。治療はそれで終わりです。」とのこと。

家に帰ってからネット検索してみると、月経前症候群(PMS)の治療にも使われる薬だと書いてありました。

…て、ことは~、女性ホルモンの働きを抑えるってことなのかな?とか考えつつ読み進めていくと、「男性ホルモン誘導体」の文字が。

ただでさえ体毛が濃いのに、これから毎朝ヒゲ剃りしたり、キレイなお姉さんにときめいたりするんでしょうか(どちらも日常茶飯事)

うちもうボーボーやん…(やんやんマチコっぽく言ってみた)

やんやんマチコ

なんか他にも副作用で太るとか書いてるよ~。

確かに飲み始めてから1週間ほどで便秘になってしまい、3㎏増えました。

なんでも乳腺症にはカフェインが良くないとかで、それまで常飲していたコーヒー・紅茶・緑茶・ウーロン茶の類を止めたせいもあるのかもしれません。

それなのに痛みが全く取れないってどゆこと?

デコルテの辺りと脇の下。それから谷間といった乳房の周囲がチリチリと鈍く痛むのです。

これはもう「ホンマでっかTV」で紹介されていたアレをやるっきゃない!

ご存知ふわふわおっぱい体操でございます。

半信半疑でやり始めたものの、
これ、ガチで効きました。

授乳期に乳腺炎を患ってからというもの、カッチカチだった肉まんが、ふわっふわに!重さの鈍痛は仕方ないとしても、チリチリした痛みが取れました。

何が凄いって、垂れた人(そうなんです)に効果的と謳われている「おっぱいはずし」を実践してから、脇のハミチチ率が減りました。

これをきっかけに便秘解消の努力もしてみたたところ、体重が少し落ちてきたようです(気のせいかもしんない)

投薬治療開始から今日で2週間過ぎたので、継続するか止めるか迷いましたが、

とりあえず「一時的に太る(+肝機能が低下する)怖さよりも、慢性的な乳腺の詰まりや嚢胞を抱えたままの方が怖い」という考えに落ち着きました。

とゆーわけで、投薬治療は続行決定。今日から残り2週間です。

なんだかんだ言っても全ての元凶が「肩こり」なのは判っています。

舌の両外側に歯型が着いてヒダ状になるほど、無意識で歯を食いしばっているワケですから。

じゃあ、食いしばらないようにするには、常時何か口に入れて食べてればいいのかもしれない。

でもこれ以上太りたくないし……あっ、そーか!

貧血にならないように釘でも舐めてればいいのか(危)

つーかそれ伊藤潤二のホラー漫画の主人公だし~。





テーマ:女性特有の悩み - ジャンル:ヘルス・ダイエット

日々是忙殺



何回がんばっても「たなくじ」が上手く撮れない今日この頃。

それでもたなくじチャレンジができるぐらい、気持ちに余裕が出てきました。

弟が急逝したのが今年の年明け早々。

葬儀と初七日を終えた翌日から、悲しみに暮れる間もなく役所手続きに追われる嫁ちゃんと母に代って、私は葬儀関係者への支払処理と、満中陰志(香典返し)ギフトの発注手配に追われました。

そこから四十九日の忌明けまでは、一週間毎に弟家族の家(車で30分の場所)へ通って中陰法要に参加します。

その間に母が心臓の手術の為、入院。

これは年末から予定していたもので、アブレーションと呼ばれる動脈カテーテル術です。

長年悩まされていた不整脈の原因になっている部分を焼くという、簡単な手術だと聞いていたのですが、1週間以内に退院できるはずが、切開した動脈からの出血漏れが止まらず10日間の長逗留に。

母親が入院していた間、何よりも私を脅かしたのは、初めて見る「母の鬱状態」でした。

※孫と前日交わした約束を憶えていない。

※退院日は3日後なのに明日だと言い張る。

※「どれでもいい」「なんでもいい」と、些細な選択ができない。

※「もう、私には何かを遺してやれる子供がいない…」と、娘の私にこぼす。


30歳で夫を亡くしてからというもの躍起になって働き続けた毎日の中で、心の拠り所としていた息子を突然亡くし、それでも気丈に店を開けていた母にとって、全く刺激の無い10日間のベッド生活は長すぎたのです。

病院へ見舞いに通う毎日の中で、おそらくこれは息子の急逝直後だというのに痛みを伴う長時間の局所麻酔手術を受けたことによって、PTSD(心的外傷後ストレス障害)のような状態になっているのかもしれないと思いました。

こんな毎日に胃を壊して過ごしながら、近所のママファイターじろう氏に愚痴をこぼしたところ

「だけど弟を亡くしたばかりで、つらいのはKansaiも同じやん」

という優しい言葉を賜った瞬間、

「ああ私、無理してサポート役に徹しなくてもいいんだ」

と、自分を取り戻すことができました。

母が退院して理容師に復帰してからの私は、なるべく店に通って母の様子を見ながら手伝いに追われる日々でしたが、現場復帰してからの母が見違えるように元気になったので安心できるようになりました。

そんなこんなで「2月も半ば過ぎか…そろそろ四十九日になるねえ」とダンナと話していた早朝、今度は嫁ちゃんから悲痛な声で助けを請う電話が。

嫁ちゃんの母親が酷い腹痛を訴え、状況が予断を許さないということで私達家族も病院に駆けつけました。

嫁ちゃんの親御さんは、私と同じくお母さん一人です。嫁ちゃんには姉が2人いますが、ぶっちゃけ頼れる存在ではありません。

その後、検査によってガンであった事が判明(本人に告知済み)しましたが、専門病院に転院して手術を終え、今は元気に過ごしておられます。

これをきっかけに嫁ちゃんは実家に身を寄せることに決めました。

嫁ちゃんの実家は私の母の店の近所なので、孫である私の甥っ子を預かることもでき、ベストな選択だと思います。

私は引っ越しの荷物の梱包手伝いに通いながら、嫁ちゃんに

「なんじゃこら!こんなもん、ほってまえー!」※捨てちまえ

「お姉さん、人のもんやと思って好き放題言わんといてー!」


と、檄を飛ばしつつニギヤカに送り出しました。これが3月の話。

そして先日(4月中旬)百か日法要を終えて、ようやく納骨となりました。

私の実家の墓は、なんでか男の骨ばっかり入っております。女が強すぎる家系なんだろな。

この頃、私を悩ませていたのが前月に受けたマンモグラフィー検診で「要精検」の書類が返ってきたことです。

10年以上前に乳腺線維腺腫の手術をしてからというもの、毎回マンモグラフィーと同時にエコー検査の予約を取るのが習慣になっていましたので、予約は1か月前に取ってあったのですが。

想定内とはいえ、要精検の書類に書かれていた「石灰化」の文字を見たのは初めてのことです。「非浸潤性乳がんかもしれない」と身を竦めました。

エコー診による判定結果は、石灰化の他に嚢胞(乳腺に水が溜まったもの)が見受けられるので、半年置きのエコーと1年毎のマンモグラフィーによる「経過観察」となりました。

不安が拭えず、担当医に「石灰化については、マンモトーム生検(組織採取)を受けておいた方がいいでしょうか?」と訊ねましたが、現状の所見では必要ないでしょうとの回答でした。

痛みを伴う症状から、私に下された病名「乳腺症」を家に帰ってからネットで調べてみたら

老化現象。

の一言で片づけられていました。さよか。

天国の弟よ、
姉ちゃん負けないぞ。
おー!

弟を偲んで
新年早々に重い話なんですが、平成24年1月7日土曜日に実弟が亡くなりました。

享年40歳。30代後半の妻と2歳半の息子(私の甥)を遺しての急逝です。

死因は拡張型心筋症と高血圧による心停止でした。

普段は気丈な嫁ちゃんと母でしたがその落胆ぶりは凄まじく、仮通夜2日間を経て本通夜、そして葬儀+同日初七日、その翌日の後片付けまで、長女としてサポートに徹した5日間となりました。

身体も心もグルグルしているのに、小学校から至急のPTA役員仕事の処理依頼が来て放置できず、寝ずの番を交代してもらって仮眠を取るために自宅へ帰ったはずが、学校に提出する役員書類を乱雑に書きこみながら「こんなときに私いったい何やってんだろな~?」と頭の中が他人事で、でも手足を動かさなければならないという日々でした。

葬儀の清算と役所手続きが終わった昨日やっと少し落ち着いたので、嫁ちゃんに渡せるような弟の写真を探す余裕ができたところです。

最後に弟と会ったのは年末近くで、「おう、ねえちゃん!」「ういっす!」と挨拶程度の会話だけです。大晦日に甥っ子用のお下がりオモチャを実家の店(理髪店)に持っていくつもりだったのに、どうせ母が私の家で大晦日を過ごしに来るから、弟に会うのは年始の開店後でいいかと後回しにしてしまいました。

若い頃から「長男教」の祖母から甘やかされて育ち、好き放題に食べて飲んで遊んで肥えて、仕事のために構ってやれなかった事を悔いている母親からは金銭的に甘やかされたまま成人。

私はそんな弟と、思春期以降からは仲良くなれませんでした。

ところが4年程前にしっかりした嫁ちゃんと出会って所帯を持ち、子供を授かってからの彼の成長ぶりは目覚ましいものでした。

姉である私に対して暮らしや子育てに関する相談事を持ちかけるようにもなり、これから円満な姉弟関係を築いていけるものと期待した矢先の別れでした。

とにかく私は弟に対して常にキツい姉でしたので、時々感じることもあった「弟の良い部分」を、その都度口に出して褒めてやれば良かったなあと悔やむばかりです。

「感謝と愛情を表す言葉は、相手が生きているうちに」

当たり前なんだけど、忘れないように書いておきます。

私は嫁ちゃん&甥っ子と母親のパイプラインに徹します。小姑の立場なのでなるべく出しゃばらず、自然に円滑に運べたらいいな。嫁ちゃん&甥っ子は未来のある身だし。

きっと遺された家族の幸せが、弟の願いだと思うので。


バルサミコデビュー

「未知との遭遇しやがれSP」の影響で、本場フレンチトーストにハマりました。

これまでなんとなくハードルが高くて手が出せなかったバルサミコ酢を初購入。

市販のイチゴジャムをコレで延ばしてみたら、あらビックリの高級ソースに!

しかし他の使い道がわからん…

水で割って飲むか?(違)